はじめに
「偽装請負とは何か」という言葉は、ニュースや労働行政の資料で頻繁に登場するようになりました。企業の人事担当者や現場管理者だけでなく、労働者自身にとっても無関係ではないテーマです。しかし、「派遣と請負の違いは何か」「なぜ偽装請負は違法なのか」という点について、正確に理解している人は決して多くありません。ここでは、偽装請負とは何かをわかりやすく整理し、なぜ問題になるのかを整理します。
請負と派遣の違い
まず、偽装請負を理解するために、請負と派遣の違いを押さえておく必要があります。
- 請負は「成果物の完成」を目的とした契約です。請負業者が労働者を雇用し、成果に責任を持ちます。発注者は直接労働者に指示できず、管理責任はあくまで請負業者にあります。
- 派遣は「労働力の提供」を目的とします。派遣元が雇用する労働者を派遣先に送り、派遣先の指揮命令下で業務を行います。派遣業は許可制であり、労働者派遣法に基づいたルールが厳格に定められています。
つまり、両者の決定的な違いは「誰が労働者に指揮命令をするのか」という点にあります。
このように請負と派遣の違いを誤解したまま契約を行うと、請負と派遣の違法な形態(偽装請負)に該当するおそれがあります
偽装請負の定義
偽装請負とは、形式上は請負契約を装いながら、実態は派遣と同じ働かせ方になっている状態を指します。
例えば次のようなケースが典型です。
- 請負契約を結んだのに、発注者が労働者に直接「今日の作業内容」を指示している。
- 勤務時間やシフトを発注者が決めている。
- 成果物ではなく日常的な作業そのものを管理している。
この場合、契約書上は「請負」でも、実態が「派遣」であるため、労働者派遣法違反に該当し、偽装請負の罰則対象となります。特に契約書の内容と実態が異なる場合には注意が必要です。
なぜ偽装請負は問題なのか
偽装請負が問題となる理由は大きく3つあります。
1. 労働者の保護が欠如する
偽装請負と労働基準法の観点から見ると、派遣であれば適用される「派遣期間の制限」「待遇改善」「雇用安定措置」といった法的保護が、偽装請負では骨抜きになります。労働者は不安定で不透明な立場に置かれがちです。
2. 責任の所在が曖昧になる
本来、労働災害や業務上の責任は雇用主が負うべきものですが、偽装請負では「誰が安全管理をするのか」が不明確になり、事故発生時に大きなリスクが生じます。
3. 企業のコンプライアンス違反
偽装請負は労働者派遣法違反、職業安定法違反に問われる可能性があります。厚生労働省も偽装請負の対策を強化しており、大企業で発覚した場合、社会的な批判やブランドイメージの失墜につながることは避けられません。
歴史的経緯 ― なぜ偽装請負が注目されるようになったのか
偽装請負という言葉が社会的に注目され始めたのは、2000年代前半の製造業を中心とした労働環境の変化でした。当時、多くの大企業が人件費削減や柔軟な雇用調整を目的に、外部委託や派遣労働を拡大しました。しかし派遣法には規制や制限があったため、それを回避する目的で「請負契約」の形を取りながら、実態は派遣に近い働かせ方をするケースが急増したのです。
このような偽装請負の事例は、製造業やIT開発現場などで多く報告されています。
2006年には大手自動車メーカー系列の工場で偽装請負が摘発され、大きな社会問題となりました。その後も電機産業、IT開発現場などで次々と同様の事案が明るみに出ており、労働局による偽装請負の監督指導が強化されました。
おわりに
偽装請負は、労働者派遣と請負の境界があいまいな状況で生じる現象です。悪意を持った脱法行為である場合もあれば、単なる理解不足から発生する場合もあります。しかしいずれにしても、労働者を不安定な立場に追い込み、企業にとっても重大なリスクを伴うことに変わりはありません。
健全な労働環境を築くためには、契約の形式ではなく「実態」が重視されるという視点を忘れてはなりません。企業はコンプライアンス体制を整備し、労働者自身も自らの契約形態を理解することで、トラブルを未然に防ぐことが可能になります。偽装請負の法律や判断基準、注意点を正しく理解することが、労使双方にとっての第一歩です。